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速読コラム「罪と罰」を読んで思ったこと
ドストエフスキーの書いた文学作品「罪と罰」。
最初、これを読んだ時、何が何だかわかりませんでした。
でも、「罪と罰」は速読について考える上で、とても重要だったんです。
なぜ、「罪と罰」が速読に関係するのか・・・。
それは、小説を読むときの速読の限界です。
自分が一番最初に、「罪と罰」を読んだ時、
何が言いたいのか、サッパリわかりませんでした。
通常、自分が考えていた小説というのは、
主人公がいて、それが何かを達成したり、ピンチを切り抜けたりと、
はっきりとした、物語性があるものだと思ってました。
「水戸黄門」くらいのわかりやすさを求めているわけではありませんが、
少なくとも、読んでいて、物語が理解できるものだと思っていました。
でも、「罪と罰」は、少し違ったわけです。
「罪と罰」では、最後に、主人公が自首して、終わるわけですが、
著者が何を言いたいのかが、サラッと読んだだけでは理解できない。
何かしらの意図は、絶対にあると思いますが、
かなりじっくり噛みしめるように読んでいかないと、
深い部分まで理解することができないんです。
これって、速読が苦手とする分野ではないでしょうか。
速読は、スピードがあるがゆえに、
その分だけ、じっくりとかみしめて読むことが苦手です。
実用書やわかりやすい小説などのように、
普通のスピードで読んで、理解できるような文書を読むには、
速読で読んだほうが効率がいいかもしれません。
でも、「罪と罰」のような文学作品や専門書、哲学の本など、
普通のスピードで読んで、理解しづらい文書を読むのには、
速読は向かないように思いますね。
スピードがある分だけ、余計、わけがわからなくなりますから。
このわけのわからなさは、回数で解決できるようなものではないと思います。
それこそ、意味不明な記号を、高速で眺めているのと同じではないかと。
なので、こういった読みづらい文書を読む場合は、
速読ではなく、じっくりと読んでいったほうがいいでしょう。
自分は、「罪と罰」を読んでみて、このようなことを感じました。
